top of page

8月7日 『千年の一滴』と出会った料理人

8月7日
読了時間: 2分

更新日:8月17日

― 発酵、千年のバイオテクノロジーに学ぶ ―


発酵 ― 千年のバイオテクノロジー

料理とは、支配するものではない。かつての自分は、火入れも塩も時間も、すべてを「正確にコントロールすること」が料理人の価値だと信じていた。狙い通りの味を再現すること、それが技術であり責任だと疑わなかった。

米に生えた糀の菌糸。糀dining39シトラスが54℃で醸す発酵の要

ただし、『千年の一滴 だし しょうゆ』を観たとき、その前提は静かに崩れた。麹が呼吸し、微生物が見えないところで働き、時間そのものが味を育てていく。その営みは、単なる伝統ではない。一子相伝で受け継がれてきた、千年にわたる壮大なバイオテクノロジーだった。

和食は糀の文化である。

「麹が呼吸し、微生物が働く」その一言が、自分の中に落ちた瞬間があった。だし、味噌、醤油、みりん——和食の根幹にある味の多くは、目に見えない糀の働きによって支えられている。それは技術でありながら、人の手を超えた領域でもある。

衝撃だったのは、職人たちが「作っていない」ということだった。彼らは整え、委ね、そして待っている。音を聴き、香りを感じ、変化の兆しにだけ手を添える。その姿は、料理人というよりも、自然の流れに立ち会う観察者に近かった。

その瞬間、自分の中の料理観が反転した。料理とは、技術で押し切るものではなく、素材と時間の力を引き出す行為だ。支配ではなく共存。演出ではなく対話。

39シトラスの料理は、この気づきから生まれている。




私たちは、素材の声を消さない。季節の流れに逆らわない。過剰に手を加えず、しかし無関心でもない。その一皿は、人の技術と自然の営みが、ぎりぎりの均衡で重なった瞬間の記録である。

見えないものに敬意を払い、時間を味方につける。

それが、私たちの料理哲学だ。


朝、近くの港へ。

漁師さんが選んでくれた魚たちを受け取る。

空気の澄んだ厨房へ運ぶ。

大きな魚から包丁を入れる。

まだ、しなやかだ。

今日も、ここから。

コメント


bottom of page